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[ 歴史・石碑 ]

2022.04.28

【散策】「岡崎伝馬宿 歴史プロムナード」で江戸時代を歩く旅。

 その昔、東海道でも有数の宿場町であった伝馬通り。その歴史のかたりべとして、岡崎市伝馬通2丁目の両歩道に、20基の可愛い石像が並んでいるのはご存知でしょうか。
非常にユニークで楽しい形をした石像ですが、実は一つ一つに宿場町「伝馬」のストーリーが込められています。伝馬通り約130mに渡って設置された石像を見てゆけば、街道を行き交う人々が当時どんな様子だったのかを感じ取ることが出来る、歴史好きには堪らない趣向です。
 この現代の「街道」に石の彫刻で、江戸時代の面影をよみがえらせる試みは、平成9年に伝馬通商店街振興組によって実現されました。
 彫刻の題材は、宿屋で旅人の給仕を行った「飯盛女」や、京都と江戸間を往復する際に岡崎に宿泊したという「朝鮮通信使」、百人以上の豪華な行列で将軍へと献上された宇治茶を運んだ「お茶壷道中」など、岡崎の地を賑わせた興味深い出来事や当時の生活に欠かせないものばかり。丸みを帯びたユーモラスな石像の隣には、親切に解説板も添えられています。 
 当時の東海道にタイムスリップした旅人気分で、ぜひ通りを散策してみましょう。

①お茶壷道中 / ②朝鮮通信使 / ③助郷 / ④飯盛女

①お茶壷道中 / ②朝鮮通信使 / ③助郷 / ④飯盛女

①お茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう) 
寛永九年(1632)に宇治茶を将軍家に献上したのが始まり。家光は将軍の権威を示すため、江戸京都間を往復する一行の茶壷にはなはだしく威勢を持たせた。時に百人以上の行列のもてなしは、各宿場から大いに恐れられた。

②朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)
友好国・李氏朝鮮は将軍に向け全十二回の使節を派遣した。使節は修好・親善・文化使節の側面があり、多彩な文化人を加えた大使節団だった。岡崎宿は将軍の慰労を伝える最初の宿泊地であり、対応は一大行事とされた。

③助郷(すけごう)
大名行列など多くの人馬を必要とする場合、岡崎宿内だけでは不足する場合もあった。助郷とは公用旅行者のため不足する人馬を周辺の村々から雇い入れる制度。賃金は安く、助郷の村々にとっては困窮する宿場の負担を転嫁されていた。

④飯盛女(めしもりおんな)
旅篭屋で旅人の給仕や雑用をする女性であり、三味線を弾き、歌や踊りを披露する遊女でもあった。正保・慶安の頃(1644~5)飯盛女を置く旅篭が岡崎宿に増えると、旅行者以外の遊客も訪れ、岡崎宿の飯盛女は唄に歌われ繁盛ぶりが全国に届く事になった。

⑤田中吉政 / ⑥人馬継立 / ⑦三度飛脚 / ⑧塩座

⑤田中吉政 / ⑥人馬継立 / ⑦三度飛脚 / ⑧塩座

⑤田中吉政(たなかよしまさ)
天正十八年(1590)岡崎に入城。城下町を堀と土塁で囲み、総曲輪と櫖門を築いて屈折の多い道「二十七曲」を造った。また矢作橋から東海道を城下町に導く事で商工業の発展を計り、現在の岡崎の基となる都市開発を行った。

⑥人馬継立(じんばつぎたて)
旅行者は各宿場で馬や人足を雇いつつ旅をした。公用旅行者は無料・半額と優遇された。四十貫(約百五十キロ)の荷物をつけた馬を本場、二十貫を乗懸、人が乗るだけを軽尻といい、人足は五貫の荷物を運んだ。

⑦三度飛脚(さんどびきゃく)
伝馬宿の中心地に飛脚屋という職業があり、郵便配達人として預かった通信書状を敏速に目的地に届けた。三度飛脚という呼び名は、毎月東海道を三度往復した事から。

⑧塩座(しおざ)
塩を専売する権利で、伝馬町と田町が権利を有し商いをしていた。矢作川を上る塩船は岡崎で差し止められ、塩荷は宿場を通さず厳しく管理されたが、実際には抜け荷のトラブルも多かった。

⑨御馳走屋敷 / ⑩籠田総門 / ⑪旅篭屋 / ⑫市隠亭

⑨御馳走屋敷 / ⑩籠田総門 / ⑪旅篭屋 / ⑫市隠亭

⑨御馳走屋敷(ごちそうやしき)
現在の岡崎信用金庫資料館南辺りに御馳走屋敷という屋敷があった。御馳走とは接待を意味し、この屋敷は公用の役人などをもてなす、岡崎藩の迎賓館であった。

⑩籠田惣門(かごたそうもん)
籠田惣門は現在の籠田公園前、西岸寺辺りにあった。二十七曲と呼ばれた東海道は籠田惣門から北に曲がり現在の籠田公園を抜け、連尺町へと繋がってゆく。

⑪旅篭屋(はたごや)
岡崎宿には伝馬町を中心に本陣三軒、脇本三軒、旅篭屋(現在の旅館)が百十二軒あり、東海道五十三次中三番目の規模を誇る宿場だった。旅篭屋は大宿、中宿、小宿と区分され、他にも庶民が泊まる木賃宿、休息をする茶屋があった。

⑫市隠亭(しいんてい)
伝馬町の塩商人、国分家は代々学問を好み、国分次郎左衛門衡は屋敷内に「市隠亭」という書斎を作った。ここでは岡崎だけでなく、旅行者など多くの文化人たちの交流が行われ文化サロン的役割を果たした。

⑬一里塚 / ⑭往来手形 / ⑮作法触れ / ⑯あわ雪茶屋

⑬一里塚 / ⑭往来手形 / ⑮作法触れ / ⑯あわ雪茶屋

⑬一里塚(いちりづか)
徳川秀忠は家康の発案により、東海道・中山道・北陸道の三街道に一里(約四㌔)毎に行程の目印として一里塚を設けた。岡崎では現在、太平に一里塚が残り国指定史蹟とされる。参勤交代で藩の使者が諸大名に送迎の礼をした場所でもあった。

⑭往来手形(おうらいてがた)
街道、橋、宿場が整備されると、庶民の旅行も発展を遂げた。信仰の旅は往来手形を容易に受けられるため、伊勢まいりなどの娯楽的要素も加えた寺院神社参詣の旅が広まり観光旅行の原点となった。

⑮作法触れ(さほうぶれ)
「作法触れ」は街道や宿場内での諸注意で、手桶・箒を出しておくこと、決められた場所に提灯を出すこと、街道では通行の前日から田畑などで下肥を施したり、ごみ焼をしない事など細かい指示があった。

⑯あわ雪茶屋(あわゆきちゃや)
江戸時代の岡崎宿の名物食といえば「淡雪豆腐」。葛や山芋をベースにした醤油味のあんをかけた「あんかけ豆腐」は、岡崎宿を通行する旅人に親しまれていた。

⑰矢作橋 / ⑱二十七曲 / ⑲駒牽朱印 / ⑳本陣・脇本陣

⑰矢作橋 / ⑱二十七曲 / ⑲駒牽朱印 / ⑳本陣・脇本陣

⑰矢作橋(やはぎばし)
東街道一の規模を誇るこの橋の勇壮さは旅人にとって関心の高いものであった。広重の東海道五十三次「岡崎」にも描かれ、東海道を行く当時の紀行文や道中日記には必ずといっていいほど矢作橋が登場する。

⑱二十七曲(にじゅうななまがり)
「岡崎の二十七曲がり」は防衛と商業発展の両面から有名であった。田中吉政は外敵からの防衛として城下の道を屈折して伸ばし、そこに宿を建ち並ばせる事で旅人を足止めし賑わいを作り出した。

⑲駒牽朱印(こまびきしゅいん)
駒牽朱印は徳川幕府が公用に伝馬を使用する時に用いた権威ある印鑑で、この印が押された朱印状が公用旅行者の伝馬使用許可証となる。「伝馬」の文字と馬を引く人物がデザインされた趣のある印。

⑳本陣・脇本陣(ほんじん・わきほんじん)
参勤交代時代から大名や公用旅行者の宿泊所を本陣・脇本陣と呼ぶようになった。伝馬の本陣は正徳三年(1713)頃は二軒しかなかったが、後に本陣三軒、脇本陣も三軒と推移した。

伝馬町は宿場町「おもてなしの町」

伝馬町は宿場町「おもてなしの町」

(写真:西本陣跡の石碑)
伝馬とは江戸時代の制度で、人や荷物を馬に乗せ、次の宿駅や目的地まで運んでいく制度のこと。馬を替えるごとに、荷物を降ろし人も休憩するので、伝馬町は宿場町としての顔も持つことになります。
慶長10年、榎町(現在の祐金町)にあった伝馬の機能が、現在の伝馬町の位置に移され、さらに洪水で壊滅的な被害を受けた八丁村の住人が移住したことで、伝馬町の歴史が始まります。岡崎は東海道上にあり、大名行列、お伊勢参り、信州の善光寺参りや、遠州秋葉参りのルート上にあったことから、大大名から巡礼の民間人まで、様々な旅人を迎えました。
天保の頃には、大名格が宿泊する最高格の『本陣』が三軒、それに次ぐ格の『脇本陣』が三軒、旅籠屋が百十二軒もあったといいます。さらに民間人が宿泊する安い木賃宿もたくさんあり、伝馬町が巡礼の民間人まで受け入れた大規模な宿場町であったことがわかります。宿場の賑わいにあわせて、宿場に雇われ、芸能を嗜み、給仕や客の接待をする、飯盛女という女性たちが華やぎを添えました。「岡崎女郎衆はいい女郎衆」と小唄にも歌われる程だったそうです。

(写真:現在の御馳走屋敷跡)
伝馬町には特別な公人を迎えるための、御馳走屋敷という施設も、今の岡信資料館の南側にありました。岡崎藩家臣の家には、この御馳走屋敷の調度品の並べ方などを示した精密な説明図も残されていて、大切なお客様をいかにもてなすか、細心の注意を払っていたことが伺えます。将軍の就任をお祝いする国際親善使節『朝鮮通信使』は千人を超す壮麗な大行列で、迎える伝馬町の住人もだいたい千人余程度だったと言いますから、その賑やかさや忙しさは想像を絶します。
また、御馳走屋敷でおもてなしされた要人(?)の中には、『お茶壷』もあります。これは、将軍に献上される新茶を、宇治から江戸まで運ぶ、毎年の公式行事です。百人を超えるこの行列は『お茶壷道中』と呼ばれました。お茶壷は休憩のため御馳走屋敷に運ばれ、岡崎藩の家老が出向きお茶壷奉行たちを丁寧にもてなしたそうです。
こうしてたくさんの人と物を受け入れて伝馬町は繁栄し、江戸中期頃には、岡崎の経済の中心も、連尺町から伝馬町に移っていきました。そして明治になり、宿駅伝馬制度が廃止され、東海道が国道1号線に移り、路面電車が殿橋を渡る頃、康生通りにその役割を譲り渡していったのです。

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