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2022-09-14

【東海オンエア】平安時代から語り継がれる伝説とゆかりある「浄瑠璃寺」とは?-岡崎・康生エリアを旅しよう-

大人気Youtuber ”東海オンエア” のお膝元である『岡崎市・康生エリア』。ここは、様々な動画の”ロケ地”&関連の”聖地”が密集する、岡崎市の城下町です。

本シリーズでは、東海オンエアの”動画”の中に登場したスポットを、メジャー処から激レアスポットまで、詳しくご紹介していきます。聖地巡礼の際はぜひ参考にしてみて下さい。

★本記事のスポットが登場する動画はコチラ★

樫造 譜面太郎 (73)
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大御所作詞家「樫造譜面太郎」。生きた音を探しに、必ず依頼者の地元に足を運ぶというその信念を追うドキュメンタリー。作詞家はまちに降り、その卓越した視点から多彩なキーワードを拾い集めていく・・・。
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この記事では、動画の【03:23~03:35】に登場する、しばゆーさんが歌詞作りのキーワードを拾った『浄瑠璃寺』についてご紹介します。

【東海オンエア】康生エリア『聖地巡礼』攻略ガイド(まとめTOP)に戻る

【浄瑠璃寺】岡崎市観光協会から徒歩で約9分!日本の伝統芸能「浄瑠璃」の語源の元となった伝説にゆかりのあるお寺。

【浄瑠璃寺】岡崎市観光協会から徒歩で約9分!日本の伝統芸能「浄瑠璃」の語源の元となった伝説にゆかりのあるお寺。

マップ上部のオレンジ色の旗が立っている場所が、「浄瑠璃寺(じょうるりでら)」。街の中心部にある「岡崎市観光協会(青い旗)」から西方面へ向かい、大型商業施設シビコの真裏にあるお寺です。

この地に語り継がれている、牛若丸と浄瑠璃姫の「とある悲しい伝説」に深いゆかりがあります。

「浄瑠璃寺」の経路案内はこちら(位置情報ONにしてね)

平安時代に起きた、悲しい恋の物語「浄瑠璃姫伝説」

平安時代に起きた、悲しい恋の物語「浄瑠璃姫伝説」

物語の舞台は平安時代末期、三河国矢矧宿(現:愛知県岡崎市)に住む浄瑠璃姫の元を、牛若丸(うしわかまる。若き日の源義経)が通りがかりました。

ふと聞こえてきた美しい琴の音色に惹かれ、牛若丸が持っていた笛で吹き合わせたことがきっかけで二人は出会います。

一旦宿に戻った牛若丸ですが、姫の面影をどうしても忘れる事が出来ず、再び姫の元へ。言葉の限りの求愛を尽くし、二人の間に愛が芽生えました。

しかし牛若丸は長く逃亡生活を続けており、この時も鞍馬寺を脱走して奥州へ向かう途中。危険な旅に姫を連れていくことは、もちろん出来るはずもありません。

別れを惜しんだ牛若丸は自分の形見として名笛「薄墨」を授け、矢作の里を後にしたのでした。

出典: rcUP0476 - ArtWiki/浄瑠璃物語絵巻第四段 岩佐又兵衛作(MOA美術館蔵)

一人この地に残された浄瑠璃姫。
離れた恋人の身を案じ、愛しい人にもう逢えない辛さに泣きぬれる日々。
「いくら願っても、この恋は二度と叶うことはないのだろう…」
悲しみに心とらわれた浄瑠璃姫は、ついに乙川(菅生川)に身を投げ、その短い人生を終えたのでした。

3年後、ようやく姫の元を訪れることが叶った義経でしたが、恋人はすでに亡く、墓前で悲しみとともに供養を行ったといわれています。

岡崎公園の横を雄大に流れる乙川には、今も、姫が身を投げたとされる「浄瑠璃ケ淵」を見ることが出来ます。

【東海オンエア】メンバーがいつも動画を撮影している「乙川(おとがわ)」ってどんな場所?-岡崎・康生エリアを旅しよう-

浄瑠璃姫のお父さんが開いた「浄瑠璃寺(光明院)」

浄瑠璃姫のお父さんが開いた「浄瑠璃寺(光明院)」

動画【03:23】に出てきた「浄瑠璃寺(光明院)」は、白と黒の塀に赤い幟が印象的な建物。
浄瑠璃姫亡きあと、姫のお父さんである源兼高(みなもとのかねたか)が瑠璃光山安西寺を開いたのがこのお寺の始まりといわれています。
牛若丸(源義経)と浄瑠璃姫の画像、姫守本尊の尊薬師如来が安置されています。

当初は岡崎城内にありましたが、後に現在の場所へ移されました。岡崎城内で浄瑠璃寺があった場所は「浄瑠璃曲輪(じょうるりぐるわ)」と呼ばれています。

浄瑠璃寺から少しだけ離れますが、国道1号線沿いの大手門(岡崎公園入口)の近くに、浄瑠璃姫の供養塔(写真下)が奥州に向けて建てられています。

「浄瑠璃」とは、室町時代後期に誕生した、”語るお芝居”

「浄瑠璃」とは、室町時代後期に誕生した、”語るお芝居”

この悲恋を元に、室町時代には御伽草子「浄瑠璃御前(じょうるりごぜん)物語」が作られました。

やがて、室町末期に主として琵琶や扇拍子を用いて語られた新音曲のうち、浄瑠璃御前物語が特に民衆に受け入れられて好評だったことから、この種の一連の「語るお芝居」の呼び名を「浄瑠璃」と言うようになりました。
社会科の授業で習った「浄瑠璃」は、牛若丸の恋人・浄瑠璃姫からきていたんですね。

こうして室町時代~戦国時代には伝統芸能として洗練されていき、江戸時代に入ると人形を使った「人形浄瑠璃」も誕生。日本の本格的な芸能ジャンルとして確立されていったという歴史があります。

出典: rcUP0476 - ArtWiki/「恋合 端唄づくし」「浄瑠璃御前 源ノ牛若丸」 絵師:豊国(三代目)

浄瑠璃姫をイメージした、美しいお菓子

浄瑠璃姫をイメージした、美しいお菓子

浄瑠璃姫(じょうるりひめ)/備前屋本店で販売

岡崎を代表する老舗和菓子店 備前屋本店には、「浄瑠璃姫」という名のお菓子があります。
宝石のように美しい「琥珀羹(こはくかん)」という伝統菓子で、多様な色とフレーバーで「浄瑠璃姫」の歴史恋物語の華やかさを表現しています。

備前屋本店は、東海オンエアの動画で商品が「激ウマお菓子」として紹介されていたお店でもあります。聖地巡礼の際に、あわせて立ち寄ってみて下さい♪

※人気商品のため、売り切れる場合があります。詳しくはスタッフにさんお尋ねください。

【東海オンエア】とっても美味しい岡崎銘菓が紹介された「備前屋本店」ってどんなお店?-岡崎・康生エリアを旅しよう-

東海オンエアの動画に出てきた、「浄瑠璃寺」に行ってみよう!

東海オンエアの動画に出てきた、「浄瑠璃寺」に行ってみよう!

しばゆーさんが通り掛かりでキーワードを拾った「浄瑠璃寺」は、美しくも悲しい浄瑠璃姫伝説にゆかりあるお寺でした。
聖地巡礼のスポットとして立ち寄る際は、この伝説を思い出して参拝してみてくださいね!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
聖地巡礼をもっと面白くするために、これからも東海オンエアの活動拠点「岡崎・康生エリア」の情報をお届けしていくので、次の2つで活動を応援していただけると嬉しいです♪
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※スポットの情報は、2022年5月現在のものです。正しくはお店や施設管理者の公式サイトをご覧ください。

【東海オンエア】康生エリア『聖地巡礼』攻略ガイド④(りぶら-松本町エリア)

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浄瑠璃寺(じょうるりでら)

この記事で紹介されたスポット

クリックで場所を確認

①浄瑠璃寺(光明院)※撮影場所

②浄瑠璃姫の供養塔

③備前屋本店

④浄瑠璃ケ淵